ワーファリン(ワルファリン)、イグザレルト(リバーロキサバン)、エリキュース(アピキサバン)、リクシアナ(エドキサバン)、プラザキサ(ダビガトラン)といった抗凝固療法、あるいはアスピリン、プラビックス(クロピドグレル)、エフィエント(プラスグレル)、プレタール(シロスタゾール)、パナルジン(チクロピジン)などによる抗血小板療法を施行中の患者さんは血液が固まりにくい状態になっています。
もちろん、これは患者さんにとってそれがメリットになるという医師の判断のもと処方されています。例えば血栓ができている場合やできやすい場合、あるいは血栓ができた時の影響が大きいと考えられる場合などです。
ただ、治療上はメリットであるはずの血液が固まりにくい状態は、手術の必要が生じた場合には危険な要素となってしまいます。血液が固まりにくいと手術時の出血の原因となったり、術後の創部出血の原因となることが考えられます。
ですので、抗凝固療法や抗血小板療法を施行中の患者さんに手術の必要が生じた場合は事前にこれら抗凝固薬や抗血小板薬を中止するのが一般的です。
ところが患者さんによっては血栓リスクが高く、術前術後(周術期と言います)短期間だけの中止すら難しいケースがあります。
このような場合は事前にヘパリン療法に切り替えて手術に臨み、術後にまた内服に戻す手法があり、ヘパリン置換、ヘパリン化、ヘパリンブリッジなどと呼ばれています。
ワルファリンや直接経口抗凝固剤(DOAC)といった抗凝固療法を施行中の場合に行われることが多いですが、抗血小板療法を施行中の場合でも行われることがあります。
また、近年ヘパリン置換は出血を増やすが血栓は減らさないといったヘパリン置換不要、あるいはするべきではないといった意見もあります。これについては本記事の最後「ヘパリン置換は不要とする意見」をご覧ください。
ヘパリン置換のメリット
ヘパリン置換により、
- 持続静注のため調節が速やか
- 持続静注のため中止期間がより短い時間ですむ
- 中和剤(プロタミン)がある
といったメリットが得られます。
ヘパリン置換の手順
「循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2012年度合同研究班報告)」の中の「抜歯や手術時の対応」からヘパリンへの置換について抜粋しますと、
- 大手術の術前3~5日までのワルファリン中止と半減期の短いヘパリンによる術前の抗凝固療法への変更
- 大手術の術前 3~5 日までのワルファリン中止、24 時間~4 日までのダビガトラン中止、24 時間以上のリバーロキサバン中止、24~48 時間のアピキサバン中止とヘパリンによる術前の抗凝固療法への変更
- ヘパリン(1.0~2.5万単位/日程度)を静注もしくは皮下注し、リスクの高い症例では活性化部分トロンボ時間(APTT)が正常対照値の1.5~2.5倍に延長するようにヘパリン投与量を調整する
- 術前4~6時間からヘパリンを中止するか、手術直前に硫酸プロタミンでヘパリンの効果を中和する
- いずれの場合も手術直前にAPTTを確認して手術に臨む
- 術後は可及的速やかにヘパリンを再開する
- 病態が安定したらワルファリン療法を再開し、PT-INRが治療域に入ったらヘパリンを中止する
ただし、いずれもクラス IIa′の推奨となっています。
- IIa′: エビデンスは不十分であるが、手技、治療が有効、有用であることにわが国の専門医の意見が一致している
また、再開についてはワルファリンについての記載しかないなど、ガイドライン上でのヘパリン置換はまだ新規抗凝固薬(DOAC)に対応しきれていない印象もあります。
ヘパリン置換は不要とする意見
近年、BRIDGE試験の結果などからヘパリン置換が不要との意見もあります。
例えば、非弁膜症性心房細動における抗凝固療法のガイドライン2020年改訂では、BRIDGE試験の結果を受けて「ワルファリンおよびDOACの休薬を要する出血高リスクの外科的手術・処置の際には、ヘパリン置換は不要(推奨クラス Ilb)」としています。一方、僧帽弁狭窄症や機械弁置換術後および血栓塞栓症リスクが非常に高い患者(3ヵ月以内の脳梗塞の既往がある。CHADS」4点など)においてはワルファリン休薬時のヘパリン置換は考慮すべきとし、DOACの場合はヘパリン置換を考慮してもよいとされています。
上記ガイドラインでも参照されている「BRIDGE試験」は、心房細動患者のワーファリンからのダルテパリンブリッジの試験です。患者は心房細動に限られ、薬剤も日本で一般的に使われるヘパリンではなくダルテパリンを使用していますので注意が必要です。そのような内容も吟味したうえでヘパリン置換を考えていく必要がありそうです。